因島鉄工実習生 グエン・ヴィエット・ティンさん(ベトナム)
みなさんこんにちは。シンチャオ!私の名前はティンです。年は27才です。家族は7人です。両親と姉と兄が二人、私、弟です。私の生まれた所はバクリュウと言う町でベトナム南部のホーチミンから車で約5時間くらいかかります。バクリュウでは3か国の人が一緒に住んでいます。ベトナムや中国やカンボジア人です。昔の戦争から避難して来た人たちです。ここは静かな田舎です。季節は二つで乾期と雨期です。気温はいつでも24度から29度ぐらいで、主な産業は稲作です。稲が実ると、どこも黄色になって絵のような美しさです。この景色を見ると私は本当に満ち足りた気持ちになって、幸せを感じます。
私は2年前に日本へ来ました。現在、実習生として因島にある因島鉄工(いんのしまてっこう)で船のブロックの溶接をしています。ベトナムで日本語を勉強しましたので日本に来た時には日本語が少し、わかると思っていましたが、実際は電車に乗る時や買い物をしたりする時、全然わからなくて困りました。さらに、因島に来てまったく別の言葉にびっくりしました。社長さんが、『因島に来たら因島弁を覚えなさい』と言いました。自分の事は『わしゃあのー』と言ってみなさいと言われました。今、会社で勉強していますが、因島弁はとても「むずかしい」です。
さて、今日の私のスピーチのテーマは「ご縁の国、日本」についてです。
ある日、尾道のスーパーへ行った時のことです。新浜の桟橋に行きたいのに30分くらい迷っていました。その時、魚釣りをしていた人に桟橋への道を聞きました。なかなか相手に伝わりません。『因島重井町(いんのしましげいちょう)へ船で帰りたいのですが、どこへ行けばいいですか。』と私は何度も聞きました。彼は笑いました。そして、私に『ああ重井へ帰りたいんですね。』と言いました。『はい、重井へ帰りたいです。』彼は道具を片付けて『車に乗って。』と言いました。船で帰ると言いましたが彼はわざわざ車に乗せて因島まで送ってくれました。別れる時に『ありがとうございました、お礼がしたい』と言った時、彼は『大丈夫、私らはもう友達、ぼくもベトナムが好きだからね。』と言ってくれました。本当はほかに『えん』が何やら何とやらと早口で言われたのですが、わかりませんでした。
寮に帰って『えん』を調べました。うかんむりの『宴』これは『パーティ』。でちがう、日本の『円』『お金』でこれもちがう、火へんの『煙』はケムリでこれも違う、糸へんの『縁』、これこれ、これがそうだ!初めて会う人、困っている人に対しての『めぐりあわせ』『つながり』。日本人は出会いを縁として、とても大切にする人がいるんだと、実感しました。ところで、あの日本人はきっと『いいよ、袖ふりあうも多生の縁』よと言いたかったのでしょうか。ですから、今度は皆さんベトナムに来てください。私が案内します。困ったことがあったら私が助けます。
以上で私のスピーチを終わります。みなさんご清聴ありがとうございました。