尾道水道が文化庁から日本遺産に認定された。いまさら―と言う人も多いが古老から聞いた話だが、戦前、中国の要人が国鉄山陽線尾道駅に降り立つと「日本にも大きな河がある。しかも水がきれいだ」と賛美。案内役がこれは瀬戸内海の一部だ、と耳打ちしたという。
その昔は中世にさかのぼり、歴史的な舞台となり下関、浪速と並んで商都としての役割を果してきた。「海が見えた…」と林扶美子が車窓の風景に感激。箱庭のような瀬戸の風情に酔いしれた志賀直哉。千光寺の文学の小路をたどれば敗戦後の商都尾道の復興は早かった。その反面、都市計画の遅れが目立ち山側のわずかな土地にへばりつくように建てられた住居など地域振興の実現は道半ばである。
幸い平成の市町大合併による特例債が5年延長されたので地域振興の役割を果す事で住民との信頼関係を再構築すべきだという声も耳に入ってくる。
良港として繁栄し多くの寺院、路地や坂道からの景観を生かすか難題山積だ。
(村上幹郎)